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常陸一社 加波山神社 郷社

  • 本殿・鎮座地
    茨城県・霊峰加波山頂上(709m)
  • 拝殿・社務所
    茨城県真壁町長岡891番地
  • 八郷拝殿
    茨城県新治郡八郷町大塚字加波山2399番地

ご祭神

  • 国常立尊(くにとこたちのみこと)
    伊邪那岐尊(いざなぎのみこと)
    伊邪那美尊(いざなみのみこと)他に山中に737神を祭る。
  • 普明神社 ご祭神
    明治時代の日本最後の仙人 国安普明命
  • たばこ神社 ご祭神
    草野姫命  八雷神  大己貴命

由緒

当社は、第十二代景行天皇の御代(約二千年前)日本武尊の御東征(現在の東北地方を平定)に当たり、加波山に登り、三神(天御中主神・日の神・月の神)を祭り、社を建て加波山天中宮が創建されたと伝ふ。

延暦20年(西暦800年)征夷大将軍、坂上田村麿の御東征に際しても当社に戦勝を祈願され、大同元年(西暦806年)に社殿を寄進された。弘仁5年(西暦809年)には、従五位下を朝廷より賜り、第五十二代嵯峨天皇より多数の御神宝が奉納されたが、現在は、天皇の御宸筆の掛軸しか残されていません。

その後、和歌山県の、熊野山の御祭神が、樺山山頂に祀られ、新宮・本宮の二社が新たに創建された。奈良平安、鎌倉・室町時代には、山内に仏教寺院が建ち神仏混交の形になり、この頃に七百余の神々を奉る霊場が整えられた。江戸時代にはいると加波山大権現と称し、別当寺院が三社を支配するようになり、山伏・修験者の真言密教加波山三光流の道場・霊場として栄えた。また加波山中宮は、水戸徳川家の崇敬厚く、水戸藩の領内をはじめ、県内・外の村内安全・家内安全・嵐除・農業・産業・開運・子授け・安産・海上安全・大漁満足の神社として信仰され大いに栄え現在にいたっている。

明治元年(西暦1868年)神仏分離令により寺院は廃止され、明治6年(西暦1873年)天中宮・新宮・本宮の中で、由緒古く正しい加波山天中宮は郷社に列せられ社名を、加波山神社に改め、初代宮司に元水戸藩家老・鈴木石見守重義が任ぜられた。明治11年には、参拝者の便宜をはかって八郷町大塚の加波山のふもとに、御拝殿を建て、また、明治34年に真壁町長岡にも、崇敬者の希望により、御拝殿・社務所を建て、加波山々頂・八郷・真壁の三箇所の拝殿にて御祈願・社務を司っている。

尚、新宮・本宮の二社は、村社で三枝祇(さえなずみ)神社親宮・本宮と改め、戦後、当神社の許可をえて加波山の文字を付け加えた。

ご神言

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 宮司 鈴木史彦 〒300-4403 茨城県真壁郡真壁町長岡891番地
TEL.0296(55)3288 FAX.0296(55)5266
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